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2007年6月

2007年6月14日 (木)

行間を読まない

はぁ~お久しぶりです、毎日更新する予定が、少し家の方がばたばたしてまして(汗)書き出すと書きすぎて時間をとても食うので、ノータッチだったんですが、それより何より、メールやらいろんな返事やらを返してなくてすみません、当事者の方々(複数かよ)、これ書き終わったら(先にしろ)対応します(大汗)だめですね、筆不精というか対応不精でも言うのでしょうか・・・。

はいはい、で、最近思うことです。長いですよ。

行間を読まない人について。いわゆる私の事です(爆)

自分は色々語りすぎるなぁって考え出したら、ここにたどり着いたんですが(汗)

行間を読まない人は、そのまま行間を読まずに終わるか、説明を求めるかですよね。私、後者なんですが、説明を求める場合は自分で考えるのではなく、解説を聞いてなるほど、としてしまう。算数の問題を十分に考える前にわかんないから答えを見ちゃえ、とするようなものです。

自信がないから。自分の考えが「正しい」のか不安であるから。メッセージをくれた側が言うならば、それが「答え」であるだろうから、考えなくてもそれを信じれば、いい。自分は行間を読むのが怖くて、読まないのかないのかなって思ったんです。

でも。そうして得た「答え」は後に自分の体の筋肉になったんではなくて、服やら鎧やらではないか。それに果たして、得た「答え」は「答え」であるのか。はたまた、「答え」自体がある必要はあるのか。う~ん。

確かに行間を読むのは怖い作業ですが、自分で想像する強さをもたないといけないなぁ。

前に、人の意見を認めても鵜呑みにしないぞ、みたいな事を書いた覚えがありますが、なんら成長してませんね、まったく・・ orz

あと。行間を読ませる、というか作るのも苦手です。

伝わらないのが怖くて、多く語りすぎる嫌いがあります。読み手への想像の余地を与えることもないので、随分独りよがりな話ばかりです。伝えるだけで終わってしまう語り。むむむ。

・・・でも。でもね。

最近思ったんです、意外と私のような人が多いのかなって。

別に非難しているわけじゃないです。ただ、行間を読むことが直感の作業なら、人の第六感的な部分が薄れてきてるのかな、それとも、経験値から行えるようになる作業であるなら、経験不足なのかなって。

その作業はまず、直感が働くものなのか、経験値からなのかが、まだ考えきってないのでよくわかりません。今の時点で考えは後者よりですが、複合型か?とも思います。(それとも論理的思考から来る、とか別ものなのかな。)

まぁそれは置いといて。なんで私みたいな人が多いかなって思ったのかといえば、説明を求める場面、求められる場面が多い事に気づいたからです。

政治何チャラの話は~、そりゃぁ明らかにしないといけませんから、むしろ話してください!って感じなのですが、他のことにまで、説明を求める場面多くないですか?

例えば、シンガーに、曲の意図を聞くとかね、う~ん、ナンセンスだなぁと思う時もあるんです。シンガーにとってすれば、いや、そのままどうぞ受け取って下さいとしか本当は言いようがないんじゃないかな、とかね。言わないでいる事を聞かれるなんて、っていう思いもあっちゃったりすんじゃないでしょうか。説明好きな人はいいでしょうけど・・。

前にどなたかの文章でなるほどそうだと思ったんですが、現実と実感の間を言葉で補わないと不安であると感じる世の中になってしまってるとの事。

だからなのかなぁ。みんな何かしらの「証明」が欲しいのかしら。う~ん。自分はそんな気もするかも。

怖いです、なんだか。行間を読ませない、行間を読まない世の中の傾向。そして私。完璧に飲み込まれてるなぁ。

みなさん、いかがです?

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